やはり、そうだったのか!仏教


2006年にこのブログを始めた理由は、親が亡くなり

この世の中、人間て意外と、もろい生き物だと思った事から

書き始めました。自分が生きる意味を、もう一度考えてみる事でした。

しかしながら、このブログ、最近は、経済・政治ネタに走っていました。

だが、今年は、YOU TUBEの中に

私の考えに、正にピッタリなサイトに出会った。

そのサイトは複数あり、作成人も複数の人たちでした。

私は、求めていた答えのヒントを、その中に見つける事となった。

何か背中に背負っていた荷物が、軽くなったような気がする。

この何年かで、仏教に関する本を、かなり読み込みました。

しかし、尚更に分からなくなって行きました。

明日、死ぬ人間には、苦はない、お金も名誉も

明日、死ぬ人間には意味がないからだ。

しかし、それは、刹那的、虚無的なものになってしまう。それは、

密教系の空海の影響なのか、生きながらにして死ぬることが解脱なのか?

また、法然親鸞は、早い話、お経を唱えて

仏に助けを求めろって話で、悪人なら尚更ってか?。

禅宗系は、ただ座って瞑想し、行き着くところへ行けみたいな話。

また、政治ネタの様で、申し訳ないが、

「仏教は今国会でやっている

憲法の解釈の話に似ているのだ。

ゴーダマシッダールタさんが、その思考の中で気づいた事

1 縁起 2諸行無常 3諸法無我 4一切皆苦 5涅槃寂静などを、

ゴーダマシッダールタさんの死後、色々その解釈を変えて加え

て出来上がったものが「仏教」と呼ばれるものとなっただけ。

ゴーダマシッダールタさんは「仏教」をつくっていません。

  今回はここで終わり。何回かにわけて整理してみる。

この関係の話を、書き終えた時は

このブログを書くことも終わりのような気がする。