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人間の欲というものが、苦(煩悩)を造りだしていることは、その当時も認識されていたんだ。そこで、

体を痛め抜いて、そんな欲が考えられなくなる位、痛め抜くことによつて、いわゆる悟りという奴にたど

り着こうとした。しかし、お釈迦様は、弦楽器の弦は、張りすぎると切れる。緩く張ると音がしない。

無茶な苦行は、弦を張りすぎている状態と認識した。欲を絶つために灰の様な体になってもしょうがない

と考えるにいたった。この、ある意味、普通に生きておられた人間釈迦に、きわめて興味を持ってしまっ

た。

仏教には、いろんな宗派があるようです。真言宗天台宗、浄土宗、浄土真宗臨済宗、曹洞

宗、日蓮宗その他いろいろです。しかし、僕は、僧侶でもないし、修行者でもない。宗派には、興味はあ

りません。 また、仏教と教が付いているので、宗教と捉えられていますが、私的には、お釈迦様の生き

方、考え方に興味を持つた訳で、お釈迦様の「人間が煩悩や苦から救われるにはどうしたらよいか」これ

は心理学、哲学ではないか?2500年前の人々も悩んでいたんだ皆。